『天真爛漫59号』の総括的な話です。
久しぶりにナイスな会誌ができたのではと、私なりには満足している号です。
先号の58号が酷すぎたからかもしれません。
しかし歴代の号と見比べて、新しい世代の活躍がめざましかった点は、これまでにない部分でした。
以前から表紙を飾ってくれていた「ごまドレ」氏が正会員として、力のこもった表紙絵を提供してくれたのをはじめ、同じく「来原」氏も精力的に作品をだしてくれました。
これまで20年近く同じ顔ぶれで発行し続けてきた本誌に、新しい風が吹き込んできたのです。
本誌の発行には、いろいろと意見がありました。
紆余曲折があったのですが、それでも発行を続けてきて、よかったと感じています。
私達の原点が、ここにあるのだと再認識しました。
「ごまドレ」「来原」、これからもよろしくお願いします。
さて、ただ今『天真爛漫60号』を編集中です。
まだイラスト系や1枚原稿は間に合います。
会員の皆さま、是非とも原稿のほどお願いします。
なお、編集作業も11月5日に行います。詳しくはお近くの役員まで尋ねてください。
(イラストは『天真爛漫59号』誌中よりイラスト。作者は来原です)
2016年9月26日月曜日
2016年9月6日火曜日
漆黒の花輪(3)
前の記事より引き続きです。先にも述べましたが、『漆黒の花輪』は「雲シリーズ」の登場人物が出ています。
「雲シリーズ」とは、紺藤氏の連作小説群のことで、天真爛漫59号では『羊雲』を掲載しています。
このシリーズの中でも、かなり頻出するキャラクターが主人公です。
作中では名前が出てこないのでハッキリとは分かりませんが、紺藤氏に取材した際に、主人公は『阿井美雪』であることを明かされています。この『阿井美雪』は、先の『羊雲』にも登場しましたし、『積乱雲』や『星祭り』では主役級の働きです。彼女が成人して選んだ職業が「私立探偵」。今回の話中でも、事件の解決を依頼された私立探偵として描かれています。
さて、もう一人の黒ずくめの少女ですが、この少女も紺藤小説の登場人物なのです。
「天真爛漫」51号および53号で掲載された『神楽伝』の準主人公「八坂野弥呼(やさかのみこ)」です。姿形はこの頃からなにも変化していません。ですが、さすがは来原氏。当時とは全く違った弥呼像を描いてくれています。妖しさは抜群、私など足下にもおよばぬ描写ぶりです。
さて、次回はいったんこの話から離れて、59号全体の話をしたいと考えています。
(イラストは『天真爛漫59号』掲載「漆黒の花輪」の挿絵、来原氏のイラストです
)
2016年8月19日金曜日
漆黒の花輪(2)
前回からの続きです。
先にも述べましたとおり『漆黒の花輪(かりん)』は、作者の紺藤氏の今までの作風を一変させるものでした。
一人称で書かれることがほとんど無い作者で、私の記憶でも30年前に一度あったきりだと思います(たぶん『黄昏の少女たち』天真爛漫4号だと思います)。
淡々とした主人公の観察眼が、物語の情景を紡いでいます。
冷静に自分の足下の状況を判断できる割には、そうなることを予測できない主人公。おそらくは性格由来で、せっかちであわてんぼうのくせに、内側に冷静な自分を飼っているからこその行動原理。突然現れた妖しい少女にも、彼女は動ぜずに会話します。
人間とあやかしの交錯なのか、それとも人と人の闇の物語なのか。
ホラーでもサスペンスでもなく、ただ不思議な世界観の物語が語られます。
来原氏が描いたオープニングカット(小説表紙)も、その不思議感を余すところなく表現しています。
シンプルでいて、物語の芯部を絶妙に描いています、さすが来原氏。
次回もこの話でいきます。
(イラストは『天真爛漫59号』掲載 小説『漆黒の花輪(かりん)』のオープニングカット。イラストの作者は来原氏です)
先にも述べましたとおり『漆黒の花輪(かりん)』は、作者の紺藤氏の今までの作風を一変させるものでした。
一人称で書かれることがほとんど無い作者で、私の記憶でも30年前に一度あったきりだと思います(たぶん『黄昏の少女たち』天真爛漫4号だと思います)。
淡々とした主人公の観察眼が、物語の情景を紡いでいます。
冷静に自分の足下の状況を判断できる割には、そうなることを予測できない主人公。おそらくは性格由来で、せっかちであわてんぼうのくせに、内側に冷静な自分を飼っているからこその行動原理。突然現れた妖しい少女にも、彼女は動ぜずに会話します。
人間とあやかしの交錯なのか、それとも人と人の闇の物語なのか。
ホラーでもサスペンスでもなく、ただ不思議な世界観の物語が語られます。
来原氏が描いたオープニングカット(小説表紙)も、その不思議感を余すところなく表現しています。
シンプルでいて、物語の芯部を絶妙に描いています、さすが来原氏。
次回もこの話でいきます。
(イラストは『天真爛漫59号』掲載 小説『漆黒の花輪(かりん)』のオープニングカット。イラストの作者は来原氏です)
2016年8月9日火曜日
漆黒の花輪(1)
『天真爛漫』59号には、多くの小説が掲載されました。
なかでも紺藤氏は、短編ながらも2編を呈上し、変わらぬ健在ぶりをみせました。
1編は前回まで記事にしてきました『羊雲』です。
今回はもう一編の『漆黒の花輪』(しっこくのかりん)を紹介します。
この作品は紺藤にしては珍しく一人称で描かれており、事件を追う探偵らしき一人の女性に焦点が当てられています。
謎を解いていくもう一人のキーパーソンに「黒ずくめの少女」がでてきます。
この世の者なのか否なのか・・・
二人の会話を中心に、物語は展開します。
ホラーなのかサスペンスなのか。
妖しい展開にあいまった最高のイラストを提供してくれたのは来原です。
現在、当会のトップ2を競うイラストレーターです。
(左のイラストは『漆黒の花輪』に掲載された来原氏の挿絵)
物語の世界を充分に語り尽くしてくれています。
さて、次回はこの物語の中身についてもう少し深く突っ込んでみる予定です。
なかでも紺藤氏は、短編ながらも2編を呈上し、変わらぬ健在ぶりをみせました。
1編は前回まで記事にしてきました『羊雲』です。
今回はもう一編の『漆黒の花輪』(しっこくのかりん)を紹介します。
この作品は紺藤にしては珍しく一人称で描かれており、事件を追う探偵らしき一人の女性に焦点が当てられています。
謎を解いていくもう一人のキーパーソンに「黒ずくめの少女」がでてきます。
この世の者なのか否なのか・・・
二人の会話を中心に、物語は展開します。
ホラーなのかサスペンスなのか。
妖しい展開にあいまった最高のイラストを提供してくれたのは来原です。
現在、当会のトップ2を競うイラストレーターです。
(左のイラストは『漆黒の花輪』に掲載された来原氏の挿絵)
物語の世界を充分に語り尽くしてくれています。
さて、次回はこの物語の中身についてもう少し深く突っ込んでみる予定です。
2016年7月20日水曜日
羊雲の話(4)
今回も紺藤さんの作品、小説『羊雲』についての記事です。
3版にわたって、この物語の佳境は同じシーンです。
主人公の浩子が空の羊雲を見つめて独白するところです。
初版と2版では、浩子は台詞を用意していたかのように訥々と語ります。
3版では羊雲を見上げて思いついたように語ります。
一見、雲の形にかけて、人と人のつながりのあり方を説いた様な言葉です。
ですが、よく読んでみると浩子の複雑な心境が雲に投影され、刹那く語っているようにも見えます。
2版まででは、明確な台詞立てやアクションが伴いません。
3版で初めて第三の登場人物の美雪によって、浩子の揺れる感情が語られています。
そういった意味では、大改稿によって、ずいぶんと読みやすくなっているのでは、と感じました。
今回の絵は、当会主力の「ごまドレ」が『天真爛漫』59号にて発表したものです。
クライマックスにふさわしく、浩子達の青春グラフティーを鮮やかに描き出しています。
さて、次回の更新では『羊雲』を一旦離れて、同時掲載された「雲シリーズ」である『漆黒の花輪』(しっこくのかりん)について紹介します!
3版にわたって、この物語の佳境は同じシーンです。
主人公の浩子が空の羊雲を見つめて独白するところです。
初版と2版では、浩子は台詞を用意していたかのように訥々と語ります。
3版では羊雲を見上げて思いついたように語ります。
一見、雲の形にかけて、人と人のつながりのあり方を説いた様な言葉です。
ですが、よく読んでみると浩子の複雑な心境が雲に投影され、刹那く語っているようにも見えます。
2版まででは、明確な台詞立てやアクションが伴いません。
3版で初めて第三の登場人物の美雪によって、浩子の揺れる感情が語られています。
そういった意味では、大改稿によって、ずいぶんと読みやすくなっているのでは、と感じました。
今回の絵は、当会主力の「ごまドレ」が『天真爛漫』59号にて発表したものです。
クライマックスにふさわしく、浩子達の青春グラフティーを鮮やかに描き出しています。
さて、次回の更新では『羊雲』を一旦離れて、同時掲載された「雲シリーズ」である『漆黒の花輪』(しっこくのかりん)について紹介します!
2016年7月11日月曜日
羊雲の話(3)
先般より記事にしている通り、この作品はリメイクされた作品で、3回目の『天真爛漫』への登場です。
著作者は紺藤さんお一人なのですが、カットは初版と第2版では私(M和田)が担当、第3版目の今回は「ごまドレ」がすばらしいカットを提供してくれています。
実は、同じシーンのカットが3通り存在しています。
ただし物語の構成上、主人公の立位置が少し違いますが・・・
一番上が、先にも紹介しました「ごまドレ」のカット。
二番目が平成10年に私が第2版で提供したカット。
一番下は昭和62年に私が初版で描いたカット。
私の歳がばれてしまいますが、年代も正直に書いています。
あぁ・・・あきらかに私のカットはおかしいです・・・撃沈
(「白さ」では勝っていますが・・・)
今回、「ごまドレ」に描き直してもらって、本当によかった。
私の黒歴史が闇に葬り去られます。
ちなみに、私のタッチは、今とは大違いです(へたなのは、同じですが)。
さて、次回も羊雲の話を続ける予定です。
2016年7月4日月曜日
忘れてました!
すみません!
うっかり忘れていました。
『天真爛漫2015卒業号』が刊行されていました。
発行日は3月18日。
フルカラー版でとっても出来上がりはよいです。
私たち年寄り組が作るものより遙かに秀逸です。
内容は今年度の文芸部現役の卒業生を送るものとなっています・・・
あれ?
そうですよね、OB会で現役の卒業生を送るのはおかしいですよね。
実はこの号は、現役の卒業ではなく、本来はOBである『リキペディア』の某学校の卒業を記念して制作されるはずだった号です。
ところが、編集担当が当の本人であるリキペディアだったため、自分で自分を祝うことができず(恥ずかしかったんだね)、同年に卒業した現役にエールを送るものになったんですね。
だから私は改めてリキペディアさんに言います。
「ご卒業おめでとう! 社会人になっても頑張ってるよね!」
リキペさん、大分に戻ってきたら、また遊びましょうね・・・
※画像は『天真爛漫2015卒業号』の裏表紙で、作画はどくだみさん。
うっかり忘れていました。
『天真爛漫2015卒業号』が刊行されていました。
発行日は3月18日。
フルカラー版でとっても出来上がりはよいです。
私たち年寄り組が作るものより遙かに秀逸です。
内容は今年度の文芸部現役の卒業生を送るものとなっています・・・
あれ?
そうですよね、OB会で現役の卒業生を送るのはおかしいですよね。
実はこの号は、現役の卒業ではなく、本来はOBである『リキペディア』の某学校の卒業を記念して制作されるはずだった号です。
ところが、編集担当が当の本人であるリキペディアだったため、自分で自分を祝うことができず(恥ずかしかったんだね)、同年に卒業した現役にエールを送るものになったんですね。
だから私は改めてリキペディアさんに言います。
「ご卒業おめでとう! 社会人になっても頑張ってるよね!」
リキペさん、大分に戻ってきたら、また遊びましょうね・・・
※画像は『天真爛漫2015卒業号』の裏表紙で、作画はどくだみさん。
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